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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)2023号 判決

昭和五九年(ワ)第二〇二三号、同六〇年(ワ)第二八二三号各事件原告

藤山俊和

(以下単に「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

田畑佑晃

昭和五九年(ワ)第二〇二三号事件被告(以下単に「被告」という。)

株式会社田辺自動車

右代表者代表取締役

藤野堅二郎

藤野堅二郎

藤野まさゆき

右三名訴訟代理人弁護士

渡部明

昭和六〇年(ワ)第二八二三号事件被告

しのはらプレスサービス株式会社

(以下単に「被告」という。)

右代表者代表取締役

篠原敬治

右訴訟代理人弁護士

小川利明

主文

一  被告四名は各自原告に対し、金三二〇〇万円及び内金三〇〇〇万円に対する昭和五六年一月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告四名の負担とする。

三  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行宣言

二  被告四名

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和五五年四月職業訓練学校卒業と同時に被告田辺自動車へ入社し、その板金部門に溶接工として勤務していたものであり、被告堅二郎は同自動車の代表取締役、被告まさゆきは同自動車の取締役として板金部門の責任者である。そして、右の板金部門は、被告まさゆきの指揮下に五名の従業員が勤務し、プレス機械一台(以下「本件プレス機」という。)が設置されていて、これは専ら被告まさゆきと訴外田丸某が操作していた。なお、本件プレス機は、手押ボタン操作と足踏ペダル操作の二段切換え方式で、これは切り換えスイッチによっていた。又、手押ボタン操作のときは、左右二ケ所にボタンがあり、両手でボタンを押えなければ作動しない仕掛けになっていた。

被告しのはらプレスサービスは、プレス機の修理業者である。

2  事故の経緯

原告は、入社後二か月経過した頃から時々プレス作業を命じられ、他の作業の合い間に操作することがあったが、被告まさゆきからの注意は「操作中に考えごとをしない」という簡単なものであった。ところで、昭和五六年一月二三日、原告が被告まさゆきの命令で、午前九時過ぎより本件プレス機を手押ボタン式で操作して鉄板曲げ作業に従事するうち、午前一〇時頃加工済の鉄板を取り出すためプレス機内に手を差し入れたところ、本来落ちる筈のないプレス上型板が急に落下し、原告のきき手である左手第一指を除く四指を押しつぶしてしまった。

右事故の原因は、被告田辺自動車が昭和五四年一一月四日、被告しのはらプレスサービスに依頼して本件プレス機のブレーキ部分の修理を行わせた際、被告しのはらプレスサービスの修理担当者がブレーキシューの支点ピンを留めて置く割ピンを差し込みながら、その先を折り曲げないまま修理完了としたため、その後、長時間に亘る作業中の振動で同割ピンが抜け落ち、支点ピンがはずれてブレーキが効かなくなったことにある。

なお、本件プレス機は、故障しがちの機械であって、本件事故の一か月前にもボタン及びペタルを押しても作動しなくなったことがあり、その時は回復したものの、原因究明がなされず、徹底的な修理もされないまま放置された。

3  被告らの責任

(一) 被告まさゆき

被告まさゆきは原告の直接の上司として、故障しがちでくせのある機械であることを知りながら、何ら抜本的修理をすることもなく、又一切の安全教育や注意等することなく、雇入れ間なしで経験不足の原告に対し、敢えて危険極まりない本件プレス機操作を単独で為すことを命じた過失があり、民法七〇九条の不法行為責任がある。

(二) 被告田辺自動車

被告田辺自動車は、被告まさゆきの使用者として民法七一五条一項の責任があると同時に、被告田辺自動車と原告間の雇用契約上、同被告において原告を働かせるにつき危険が原告に及ばないように日頃点検作業を行い、安全保護すべき義務(安全保証義務)があるところ、前述の次第でこれを怠ったものであるから、右安全保証義務違反の債務不履行責任がある。

(三) 被告堅二郎

被告堅二郎は、被告まさゆきの不法行為責任につき、民法七一五条二項代理監督者の責任がある。

(四) 被告しのはらプレスサービス

被告しのはらプレスサービスの修理担当者が、本来なすべき割ピンの先を曲げておいたなら、本件事故は断じてあり得なかったのであり、被告しのはらプレスサービスとしては、民法七〇九条、七一五条の責任がある。

4  原告の損害

原告は本件事故により、左手第二ないし第五指基節挫滅、不完全切断及び骨折脱臼の傷害を負い、昭和五六年一月二三日から同年六月一〇日まで京都きづ川病院に入院し、翌六月一一日より同五九年四月一八日まで通院加療して、同日左拇指を残し他の四指全ての滅失ないし用を廃した症状固定に至った。

(一) 慰藉料 一六〇〇万円

原告は本件事故により、きき手である左手拇指を除く他の四指全てを挫滅ないし切断し、長期治療を余儀なくされ、遂にはその用を廃するに至ったもので、その精神的苦痛は筆舌につくし難く、敢えて金銭的に評価しても右金額を下らない。

(二) 逸失利益 五一九二万〇九六七円

原告の後遺障害は、労基法施行規則別表第二身体障害等級表第七級に該当し、就労可能年数四七年間につき労働能力喪失率五六パーセントである。そこで、男子の全年令平均給与額一か月三二万四二〇〇円を基礎として、四七年間の新ホフマン係数二三・八三二を用いて逸失利益の現価を算定すると、右金額となる。

(三) まとめ

以上損害合計額は六七九二万〇九六七円であるところ、労災保険給付金二二四万円を控除した残損害額は六五六八万〇九六七円となる。

(四) 弁護士費用 二〇〇万円

5  結論

よって、被告らは各自原告に対し、損害金内金三二〇〇万円及び内金三〇〇〇万円に対する本件事故日の翌日である昭和五六年一月二四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  答弁

1  被告田辺自動車、同堅二郎及び同まさゆき(以下「被告田辺自動車ら」ともいう。)

(一) 請求原因1の関係被告部分の事実は認める。

(二) 同2のうち、本件プレス機が故障しがちの機械であること、本件事故の一か月前に生じた故障の際に、原因を究明して修理をしなかったとの点は否認し、その余の事実は認める。一か月前の故障というのは、ヒューズの切断であり、その原因を究明して修理を済ませた。

(三) 同3の関係被告の責任原因事実のうち、被告田辺自動車が被告まさゆきの使用者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件プレス機は、昭和五〇年七月に購入した比較的新しいもので、操作も簡単かつ安全であり、格別の訓練を必要としないし、考えられる故障としては、高圧空気系統、機械的系統及び電気的系統であるが、これまでに昭和五四年一一月四日空気漏れの疑いで被告しのはらプレスサービスに依頼して点検修理を行わせたほか、本件事故の一か月前にヒューズの切断事故が生じただけで、本件事故と同種の機械的系統の故障が生じたことはない。それに本件プレス機は、被告まさゆきが管理責任を負っているところ、同被告は、作業開始前に必らず安全性を確認する点検を行うほか、毎月一日と一五日頃に詳細な点検を実施した。それにもかかわらず、本件事故の原因が発見できなかったのは、割ピンが小さいうえ、カバーの陰に隠れ、通常の注意をもってしては発見できない状態にあったためである。したがって、被告まさゆきに責任はない。

なお、被告田辺自動車は、本件プレス機につき昭和五五年に定期点検を実施していないが、その点は販売会社や修理会社から教えられていなかったことによるものであるし、仮に定期点検を実施したとしても、割ピンの先が曲っているか否かは点検項目になっていないから、発見できたか問題である。したがって、被告田辺自動車に過失を認めるのは疑問であり、責任は否定されるべきである。

(四) 同4のうち、原告の左手第三ないし第五指が切断されたことは認めるが、第二指は挫滅のみで、これが滅失ないし用を廃するに至った点は知らない。症状固定の時期、後遺障害等級及び損害額は争う。

原告の症状は昭和五六年八月三日に固定したが、同年一二月に自ら布団に第二指をひっかけて骨折し、その治療に日時を要したのであって、この分は本件事故と相当因果関係がない。

2  被告しのはらプレスサービス

(一) 請求原因1の関係被告部分は認める。

(二) 同2のうち、本件事故の状況、被告しのはらプレスサービスが被告田辺自動車の発注により本件プレス機のブレーキライニング張替工事をしたことは認めるが、原告の受傷の点は知らず、修理の日は昭和五四年一一月六日であり、割ピンの先を折り曲げなかったことは否認する。

仮に割ピンの先を折り曲げなかったとしても、ピンは鋼鉄製であるからスプリングバック性を有し、その先端が左右に開く作用があるうえ、ブレーキシューの仕組みにより他の要因がない限り抜け落ちることはない。

(三) 同3の被告しのはらプレスサービスの責任原因事実は否認する。

仮に被告しのはらプレスサービスの修理担当者に、原告主張の過失があったとしても、本件事故との間に因果関係がない。何故なら、被告田辺自動車は、本件プレス機について安全衛生規則一三四条の三の一項二号により毎年一回定期にクラッチ、ブレーキその他制御系統の異常の有無に関する自主検査を、また同規則一三六条一号により毎日クラッチ、ブレーキの機能等に関する検査を行うべきであったにもかかわらず、そのいずれをも怠ったのであるが、これらを実施しておれば、欠陥が発見、除去された筈だからである。

(四) 同4の事実は知らない。

三  抗弁

1  被告田辺自動車ら

(一) 前述のように、原告の治療が長引いたこと及び第二指の後遺症については、原告にも責任の一端があるから、斟酌されるべきである。

(二) 原告と右被告らとの間には、昭和五六年一二月下旬頃、被告田辺自動車が労災補償法よりの打切補償給付二二四万一四九二円に上乗せして、一五五万八五〇八円を支払うとの約定により示談が成立し、同金員を支払った。

2  被告しのはらプレスサービス

原告は、本件事故により入院中の遅くとも昭和五六年六月一〇日には、本件事故の原因が被告しのはらプレスサービスの過失によること、及び損害の発生を承知したから、同五九年六月一〇日、原告主張の損害賠償請求権は時効により消滅したから援用する。

四  抗弁の認否等

被告しのはらプレスサービスの時効の抗弁について、原告が同被告を加害者の一人と知ったのは、本訴において被告田辺自動車らの答弁書が陳述された昭和五九年一二月一八日のことであるから、原告の損害賠償請求権の消滅時効の起算日は右同日である。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、それを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は、それぞれ関係被告間で争がなく、同2(事故の経緯)のうち、本件事故の状況、被告田辺自動車が昭和五四年一一月に一度、被告しのはらプレスサービスに発注して本件プレス機のブレーキ部分の修理をして貰ったことがあることは、当事者間に争がない。

(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故は、ブレーキシューを固定する支点ピンがはずれかかって、ブレーキが効かなくなり、プレス上型板が急に落下したために生じた。

2  ところで、本来、右の支点ピンがはずれることのないようにするため、支点ピンの端部付近にあけた直径約六ミリメートルの穴に、太さ約五・五ミリメートルの割ピンが装着されており、割ピンが装置されている限り支点ピンがはずれかかるといった事態は生じない。そして割ピンの材質は軟鋼線で、これが装着の際には文字どおり先端部分を二つに割り、それぞれ六〇度ないし九〇度前後に折り曲げるのであるが、材質の関係上一旦折り曲げると、もとに戻ることはなく、しかも本体と割ピンとの間に座金を入れて割ピンが本体に接触して傷むことのないように保護する仕組になっており、このようにしてある限り割ピンが脱落することもない。

3  もっとも、割ピンが装着されていないとか、脱落したとかしても、支点ピンにかかる力の均衡により、同支点ピンが必ずしも直ぐにはずれかかるという訳ではなく、そのままで運転操作も可能であり、支点ピンがはずれかかって同ピンにかかる力の均衡が崩れないと、その異常が摩擦音となって現れて来ない。

4  ところで、割ピンがどのような状態で装着されているかの点は、被告しのはらプレスサービスが用意した特定自主検査記録表の点検箇所及びプレスの毎日点検表の点検項目に挙げられていないけれども、前者の点検箇所としてブレーキが挙げられており、その点検内容として、締付ボルト、ナットの緩み、脱落など細部に亘る項目が示されているのであるから、これらの点検がなされれば、外部からの観察が可能な位置にある問題の割ピンの状態も、容易に把握することができる。

5  本件プレス機は、昭和五〇年七月頃に被告田辺自動車が訴外篠原機械製作所から購入したもので、被告まさゆきが取締役工場長として専ら管理責任者の立場にあり、作業開始前に同被告が作動させて、空気の圧縮や試し打をして機能点検などをした後、原告(昭和三八年五月六日生)らに命じて運転操作をさせていたほか、毎月一日と一五日頃に、ブレーキ、クラッチ、給油の状態など全般に亘って点検していたのであるが、問題の割ピンの状況の確認は看過した。更に、本件プレス機については、労働安全衛生法四五条、同法施行令一五条、一三条及び同施行規則一三五条、一三五条の三所定の年一回の定期自主検査を実施していなかった。

本件事故当日も被告まさゆきが本件プレス機による試し打などをして格別異常のないことを確認したうえ、原告に命じて鉄板の打ち抜き作業をさせた。ところが、原告が約一時間位作業をし、三〇〇枚前後の製品を作った段階で本件事故が発生した。

6  本件事故発生のすぐ後に、関係者が調査したところ、本件プレス機用の座金と折り曲げられたことのない割ピン各一点が床面に落ちていた。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する被告藤野まさゆき及び同藤野堅二郎各本人の供述部分は措信できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

右の認定事実によると、本件事故が発生した段階で、支点ピンに割ピンが装着されていなかったことは動かし難い事実である。そうだとすれば、もともと割ピンが装置されていなかったか、一旦装置された割ピンが脱落したかのいずれかであり、後者とすれば、装着の際にその先端部分を折り曲げていなかったと推認するのが相当である。この点について、証人寺田光利の証言によると、昭和五四年一一月に被告しのはらプレスサービスの担当者が本件プレス機のブレーキ部分の修理をした際、すでに先端を折り曲げて装着してある割ピンや支点ピンなどをはずし、分解して修理をしたうえで組立て、従来使用していた支点ピンはもとより、割ピンも装着しているから、同割ピンは曲げられた状態に戻っているというのであるが同時に該修理担当者から、装着した割ピンを折り曲げたと聴いているともいうのである。

しかし、そのいずれであったにせよ、それが事実とすれば、割ピンが脱落し、支点ピンがはずれかかるといった事態は生じない筈である。また、右証人は、一旦装着した割ピンを使用したことの根拠として、前掲乙第一号証の請求書の用を兼ねると思われる修理作業明細書に、使用部品として新しい割ピンが記載されていないことを挙げるのである。しかし、同証人の証言によると、新品の割ピンは、一個七、八円というのであるから、常識的にはサービス部品と解する余地もあり、右の記載がないということだけで、当然に同証言のような推論が成立するとは解し難い。

以上の説示を総合すると、被告しのはらプレスサービスの修理担当者が本件プレス機のブレーキ部分の修理をした際、新品の割ピンを装着したものの、その先端部分を二つに割って折り曲げるのを忘れたと推認するのが相当であり、これに反する証人寺田光利の証言部分は措信できず、他にこの推認を妨げるに足る資料はない。

二  そこで、被告らの責任関係について検討する。

1  被告田辺自動車ら

(一)  被告まさゆき

右認定事実によれば、被告まさゆきは、取締役工場長として、本件プレス機を含む板金部門の万般につき専ら管理責任を負う立場にあったところ、毎日始業点検(労働安全衛生規則一三六条)を実施していたうえ、毎月一日と一五日頃にも全般に亘り点検を実施していたのであるが、一年以内ごとに一回の実施が義務づけられている検査業者による検査が一度も履行されていなかったのであるから、日常の右点検はそれなりに入念になされなければならなかったというべきである。そして、かかる観点からの入念な点検が実施されておれば、割ピンの状況を把握でき、本件事故の発生を未然に防止できたのに、被告まさゆきにおいてこれを懈怠したといわなければならない。

したがって、被告まさゆきは、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告堅二郎

被告堅二郎は、被告田辺自動車の代表取締役であり、被告まさゆきは同自動車の取締役であるが、右被告両名の各本人尋問の結果によれば、同自動車は小規模の同族会社であるところ、父である被告堅二郎は同自動車の代表取締役たる地位に基づいて、被告まさゆきを工場長として本件プレス機を含む板金部門の万般につき専ら管理する立場に任じていたというのであるから、被告堅二郎が被告まさゆきを具体的に監督する立場にあったことは明らかである。しかるに、被告まさゆき本人尋問の結果によると、被告まさゆきは、本件プレス機の管理につき、それほどの知識を持ち合わせていなかったことが認められることから、被告堅二郎の選任及び監督の過誤を指摘せざるを得ないというべきである。

したがって、被告堅二郎も本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

(三)  被告田辺自動車

被告田辺自動車は、本件プレス機を所有する事業者として、プレスのブレーキその他制御のために必要な部分の機能を常に有効な状態に保持しなければならず(労働安全衛生規則一三二条)、また前叙のとおり一年以内ごとに一回、定期に検査業者をしてブレーキ系統の異常の有無を検査させなければならないのに、これを実施していないのである。いうまでもなく、かかる検査は本件の如き事故を防止し、労働者の安全と健康を確保するため、事業者に課せられた義務であり、これが懈怠は労働者に対する安全配慮義務違反というべく、被告田辺自動車は、債務不履行責任を負わなければならないし、民法七一五条一項の規定による不法行為責任も負うというべきである。

2  被告しのはらプレスサービス

さきに認定したように、被告しのはらプレスサービスの修理担当者が、装着した割ピンの先を曲げておいたなら、本件事故は発生しなかったのであり、その修理に過失があったことは否定できない。

しかるところ、同被告は、被告田辺自動車において、定期自主検査や毎日点検をしておれば、その修理の瑕疵を除去できたとし、修理の瑕疵と本件事故の間に因果関係がないと主張するが、明らかに修理の瑕疵が本件事故の原因をなしているのであるから、独自の論として排斥を免れない。

してみれば、被告しのはらプレスサービスとしては、民法七一五条の責任があるというべきである。

三  和解成立の抗弁

被告田辺自動車らは、原告と同被告らとの間に示談が成立したと主張し、同主張に副う証拠として被告藤野堅二郎本人の供述があるけれども、(証拠略)及び原告本人の供述に照らし採用するに足らず、他に右の主張事実を認めるに足る証拠がない。したがって、右主張は採用できない。

四  消滅時効の抗弁

被告しのはらプレスサービスは、原告において遅くとも昭和五六年六月一〇日には、本件事故の損害及び同被告が加害者であることを知ったと主張するが、後者の主張事実を認めるに足る証拠がなく、したがって、同主張は採用できない。

五  損害

1  受傷と治療経過

原告と被告田辺自動車らとの間で成立に争がなく、被告しのはらプレスサービスとの間では弁論の全趣旨により真正に成立したと認める(証拠略)、原告及び被告藤野堅二郎各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故によりきき手である左手第二ないし第五指基節挫滅、不完全切断、骨折及び脱臼の傷害を負い、昭和五六年一月二三日から同年六月一〇日まで京都きづ川病院に入院し、同月一一日より同年八月三日まで同病院に通院して治療を受けたこと、その間に第三ないし第五指は根元から切断手術、第二指については第一指骨が残っていた関係上、皮膚及び骨の移植手術をして、外観上指の形を存置することに成功し、症状固定とされたこと、ところが、同年一二月暮頃原告が布団に第二指を引っかけたらしく移植部分を骨折したのであるが、幸にも自然癒合したこと、しかし、機能的には第一、第二指で紙程度をつまむのが精一杯で、それ以上の用をなさず、無理をすれば再び骨折する危険があるほか、第二指が血行障害を惹起し易い状態にあること、かくして、原告は、その後、練習により右手で文字が書けるようになったものの、ハンディキャップは如何ともし難く、昭和六一年一月現在で再就職の見通しがたっていないこと、以上の事実を認めることができ、この認定を動かすに足る証拠はない。

2  損害額

(一)  慰藉料

右に認定した入通院の状況と後遺障害の程度を考慮すると、慰藉料額は八五五万二〇〇〇円をもって相当と認める。

(二)  逸失利益

前認定事実によれば、症状固定時における原告の年令は一八才であったから、その就労可能年数は四九年で、その新ホフマン係数は二四・四一六二である。そして、原告の後遺症状に照らすと、その間の労働能力喪失率は五六パーセントと認めるべきである。ところで、逸失利益算定の基礎とすべき収入見込額であるが、原告は本件事故の前年四月に入社したばかりであって、被告藤野堅二郎本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)によると、本件事故当時の収入は、月額にして一〇万円前後と甚だ低額であるところ、前記労働能力喪失期間、原告が職業訓練校を卒業していることなどを考慮すると、右を収入見込額とすることは相当でない。しかし、同時に原告が主張する男子の全年令平均給与額を収入見込額とすることも根拠が薄弱であって、採用できない。そこで、控え目の原則に従い昭和五六年度のいわゆる賃金センサス男子年収額のうち、小学・新中学二〇ないし二四歳該当の二二二万四八〇〇円を収入見込額と定める。すると、逸失利益の現価は三〇四一万九八五〇円となる。

(三)  まとめ

以上損害合計額は三八九七万一八五〇円であるところ、原告が自認する労災保険給付金二二四万円を控除すると、残損害額は三六七三万一八五〇円となる。

なお、被告田辺自動車らは、過失相殺の主張をするが、さきの説示を前提とする限り失当であって、採用できない。

六  結論

してみれば、被告四名は各自原告に対し、損害金三六七三万一八五〇円の内金三〇〇〇万円と弁護士費用分二〇〇万円及びそのうち三〇〇〇万円につき履行期到来の日の翌日である昭和五六年一月二四日から支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負担しているというべく、原告の各請求は理由があるからこれを認容する。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

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